バベルの図書館は完成しない

Extended outer memory module
for my poor native memory.

Posts:
2020/09/28 gendoc という YAML からドキュメントを生成するコマンドを作った
2020/09/13 ISUCON10 の予選を 7 位で通過した
2019/12/01 Puma の内部構造やアーキテクチャを追う
2019/05/27 Golang の正規表現ライブラリの処理の流れをざっくり掴む
2019/04/29 InnoDB の B+Tree Index について
2019/04/29 InnoDB における index page のデータ構造
2019/04/28 InnoDB はどうやってファイルにデータを保持するのか
2019/01/06 Designing Data-Intensive Applications を読んでいる
2019/01/03 年末年始に読んだ本について、など
2019/01/01 Ruby から ffi を使って Rust を呼ぶ
2018/11/10 ブラウザにおける状態の持ち方
2018/07/01 Rust で web アプリ、 或いは Rust における並列処理
2018/05/14 なぜテストを書くのか
2018/05/13 Rust で wasm 使って lifegame 書いた時のメモ
2018/03/12 qemu で raspbian のエミュレート(環境構築メモ)
2018/03/12 qemu で xv6 のエミュレート(環境構築メモ)
2018/03/03 Ruby の eval をちゃんと知る
2018/02/11 Web のコンセプト
2018/02/03 Rspec のまとめ
2018/02/03 Ruby を関数型っぽく扱う

この半年での変化

僕はたまーに思ったことを slack の自分宛て DM チャットに貼り付けるということをしている。

コロナによる自粛直後と今とで言ってることが全然変わっていて面白く、またそこに僕という人間の一貫性の無さを感じたのでちゃんと記録しておこうと思う。 (一貫性のある大人になりたいなって思っていたけどまだまだ遠いのだ)

2020/03/04

ここ最近社会が縮退モードになってる雰囲気を感じるし、僕もちょっと疲れてきたからこの流れに乗って全力で休みたいんだが諸々の事情で中々休めないな(このまま続くとたぶんモチベーション下がって体調悪くなるからそれは回避したいが…)

などと書いてから思ったが、じゃあ休んで何をするかと言われると例えば旅行に行きたいわけではない。落ち着いて溜まっている TODO を消化しつつ自分の中で何かが展開するのを待ちたい、というのが正確なところなのではと想像している。(自分でも正確に掴めてない、笑)

とにかく外部の環境に引きづられている感覚を持つのがすごく嫌いで、回避したがる癖があるように思う。更にはその感覚を持つのは大概忙しくて時間のない時期の少しあとなので多くはそのままダラダラと後始末に似た何かを続けてしまう。上手くバランスを取れない。

自分が陥っている状況を鑑みるに、外部環境に引きづられている感覚を持ったときに休んでバランスを取ろうとする思考回路自体が一種のデモチパターンであり僕の反射的思考の欠陥の一つでもある気がしてきた。効果的でなく実現可能性の低い解決策に幻想を抱いてしまっているのかもしれない。

疲れるとロクな打開策も思い付かないまま閉路に追い込まれていくし、閉路に追い込まれたことにも気づかない。その具体的な一つのケースに関して理解を得たような気分になっている。自己の客観視とその分析は偉く、また文章に起こすことは理解を助ける。

2020/03/07

6月(筆者注: 2019/06 を指している)くらいからの苛烈なスケジュールの中、長い期間ずっと長時間労働してなんとかここまで来て無事に仕事を終えたような気がしていた。

しかしこの一週間で自分の中での無事終わったという感覚は幻想にすぎず、実は後ろに大きな穴がいくつも開いていたことを嫌というほど認識させられた。

それらの穴を塞ぐために今週はまたひたすら働いていたけれど、往々にしてこうしたゴールを逃した敗戦処理のような状況ではひたむきにゴールに向かって頑張っている今までと比較して高ストレスな状態で仕事を行うことになる傾向があると思う。既に周囲からの期待値を下回るパフォーマンスになってしまっているのに、ここで部の悪い戦いを投げ出すわけにはいかない。僕が頑張ったところでようやくみんなが当然と思っている状況に帰着するのみ。

おそらく今までの僕の仕事の仕方が悪く、自分がアウトプットを担保できる範囲を越えてタスクを受けて進めてしまったが故にこういうことになったのだと思うので、しばらくはアウトプットの出し方を少し変えてみようかなと思い始めている。具体的には自分のアウトプットの品質を測りその最低ラインを担保するという作業に割り当てる時間を伸ばしてみようかなと思っている。

より詳細に説明するならば、アウトプットの品質の担保を行う上で期待されるアウトプットを詳細に具体的に理解することは必須だと思っているのだけど、求められるものへの理解がいつも劣後されがちで 100 の時間のうち 20 をそこに割き 40 でそのために必要な情報を集め 40 でアウトプットを構築する、というような配分で作業を行ってしまっている気がする。20 の時間で理解した要求に対していくら調査や作業を行ってもアウトプットの品質が早い段階で律速しているので、同じ時間を割り当てるのであれば比率を高めるべきなのかもと思っている。

こうした調整も忙しい時期には行いづらく負のループに入っていることもしばしば存在する。

この一週間自宅にて作業を行っていたが、それ自体は普段と比べるとすこぶる快適で会社に行く意味を見失い始めている。例えば仕事の合間にちょっとした家事ができるし、トイレがいつも埋まっているということもない。イヤホンをすることなく好きな音楽が聞けるし、周囲は静かで美味しいコーヒーも好きなときに淹れられる。仕事と生活の境界が以前よりも曖昧になったという変化はあるが、これは環境の変わると必ず発生する影響であって環境が変わることをなるべくストレスに感じたくないように思っている僕としては払うべきコストだと見做している。税金と同じ。

こうして見えてくるのは、僕にとって仕事に求める本質的な部分とは自己の研鑽と集中をただ繰り返すだけのプロセスなのではということだ。つまりそこに他人は必要なくて、例えば課題発生装置と呼んで差し支えないような代物が部屋の隅に置かれていてそこから定期的に課題が供給されれば満足できるのではないかという空想をしている。課題を自己の内部に求めることが出来るようになれば一層安定的な幸せが手に入るのかもしれない。

これらから導かれる仕事観みたいなものをもう少し追求してみたい。しかし時間はあまりないのであった。

2020/08/19

そういえば僕は出社しないとダメな人間なのだと思い出した

思えば大学受験のときにも塾の自習室に籠もりきってどこから溢れてくるのかわからない不思議な怒りとともにずっと勉強をしていた (受験はナーバスになる人もいて例えば事あるごとに大学生のアルバイトに話を聞いてもらいながらしくしく泣いてる人もいたんだけど、僕のナーバスさはちょっと違った方向に発露したみたい)

昨今の情勢からリモートが推奨されて久しい

しかし僕は自分のいる場によって思考や振る舞いが大きく変わる影響されやすい子なので出社すべき、これを忘れないようにしないといけない

2020/09/04 02:51
tags: minipost
This site is maintained by furuhama yusuke.
from 2018.02 -